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2019.01.01更新

「温熱性能の今世紀最終基準」/森みわ氏

「100年後にも通用するエコハウス」を考える

2018/11/09 ホテルメトロポリタン盛岡

一社)パッシブハウス・ジャパン代表理事 森 みわ氏

 

「温熱性能の今世紀最終基準」

《イントロ》

 本日はこのように壮大なテーマの講演会にお呼びいただいて光栄といいますか恐縮で、私も鎌田先生と同様に、講演タイトル何だったかなと思って見たら、「温熱性能の今世紀最終基準」。私が決めたタイトルではなかったのですが、これでいくことにいたします(笑)。

 私はパッシブハウス・ジャパンの活動が目立つかもしれませんが、本業は建築事務所をやっておりまして、建築デザインの教育も受けてきています。鎌田先生とはキャリアももちろん違いますし、社会貢献度としては全く足元にも及ばないと思っております。

 ただ、今回こうしてお呼びいただいたのは、私が10年間ヨーロッパで見てきたこと、感づいたことを皆さんに伝えるミッションがあるのかなと思っています。

 世界の動向が、日本の社会にはなかなか正確に伝わってこないなと感じています。メディアのフィルターがかかった状態で海外のニュースを見て、それで知った気分になっていることが多いのではないでしょうか。すべてが嘘というわけではないのですけれど、フィルターがかかった、あるいは歪んだ状態で海外の情報が入ってくる中で、私がヨーロッパで見ることができたものを皆さんにお伝えしていく、あるいは一般ユーザーに情報を発信していくということが私の役割であるというふうに思っています。

 

《立ちはだかる「壁」の共有》

 先日東京で下打ち合わせをした際、東北住建さんから、先を見据えた、100年後住宅はどうなっているのだろうかという話をしてほしいという希望を伝えられました。

 今回この会場にはパッシブハウス・ジャパンの方もいるし、新住協の方もたくさんお見えです。両刀の方も結構いらっしゃるのではと思います。両方に入っているという方、ちょっと手を挙げていただいて…。あ、何人かいらっしゃいますね。ありがとうございます。たぶん両方に入っているのがいちばんいいのではないかと私は思っていますけれど…。

 パッシブハウスだのQ1.0住宅だのといった議論や、ロジックとしてPHPPとかQPEXみたいな話ですとか、あるいは団体としてどうなのとか、そうした話をよく聞きますけれど、大きな流れの中では、両者は非常に近い概念で活動しているなと思っています。

 スライドには「憧れと現実」と書きましたけれど、あとで説明しますが、将来的にはこういう方向に行きたいと思っている人と、今現在はこの辺が妥当じゃないのと思っている人と、話がかみ合わないことがあるのですよね。当たり前ですけれど。その辺が食い違ったまま、こっちがこうだ、あっちがあだみたいな話をよくするのですが、たぶんパッシブハウス・ジャパンの皆さんの中にも葛藤はあるし、新住協の会員の皆さんの中にもたぶん葛藤はある。あわよくばもっといい方向にと思っているのですが、実際には全棟が達成できない、そういう事情を皆さんお持ちだと思うので、そういう中で2つの基準というのが、非常に近しい中で存在するのかなと思います。

 今日は具体的に2つのロジックがどうなのだとか、どっちがどうなんだという話をするつもりはなくて、こういったことはもちろん今後の支部の勉強会などでやっていけたら本望だなと思っています。しかし、敵は別のところにいるぞということで、私たちの前に立ちはだかっている「壁」の存在を共有していきたいなと思っています。

 

《年間暖房需要に補正》

 パッシブハウス基準の大きな特徴は、まず「年間暖房需要」。私が2009年に「年間暖房負荷」というふうに書いてしまったことがきっかけで、そのまま暖房負荷というふうに呼ばれていますが、今回PHPPを日本語訳するにあたってどうしても限界を迎えまして、このタイミングで用語を「年間暖房需要」と訂正させていただくことにしました。

 年間暖房需要は、建物が暖房期を通して快適な室温、20度設定なのですが、これを保つためにどれだけのエネルギーを暖房設備から受け取らなければいけないかという、そういう単位です。

 これが床㎡あたり15kwhを切っていく、そうするとパッシブハウスということができます。実際設計事務所としてキーアーキテクツの統計を例にしますと、パッシブハウスをクリアしている物件というのは、たぶん3件に1件くらいというのが最近の成績です。残りの3分の2はパッシブハウスまではいかない。ただし暖房需要で30kwhは絶対切っているというこの辺が私たちの中での最低ラインで、設計者として課している部分です。この2つの非常に狭い中でせめぎ合いがあるというのが現実です。

 

《エコとエゴのせめぎ合い》

 なぜ全てがパッシブハウスにならないのかというと、お施主さんが購入した土地のポテンシャルの問題であったり、予算に対する「エゴの割合」というふうに呼んでいるんですけれど、エコとエゴのせめぎ合いの中で、エゴの要素が大きくなりすぎてどうしても性能が追いついてこないことがあります。そんなときは、パッシブハウスをやめましょうと、私の方から先に言うことも結構あります。お施主さんはせっかくやるんだから、とあきらめきれないことも多いんですが、私のほうが逆にブレーキをかけるという、そういう変な設計事務所になってきました。

 予算がない方からも、相談がどんどん来ます。予算はないけれども、とにかくあなたの考え方に共感した、これからの家づくりはこうあるべきだ、という方が来られるんですね。ですから、お金がある人だけが望むということではなく、予算が厳しい人でも集まってきてくださる。そういったことが起きてきています。

 どちらの評価基準が腑に落ちるかというのは皆さんそれぞれが考えていくことだと思いますけれど、先ほどお話ししたように、全棟で達成したい現実路線の話と、あわよくばという自分たちの憧れみたいなものをきちんと区別して話をしていくことが重要なのかなというふうに思っています。

 

《建材がない》

 今日は100年後の基準というテーマですが、鎌田先生のお話を聞かせていただいて、私の感覚とすごく近いなと感じるところもありました。結論みたいなことから言いますと、おそらく無暖房というレベルの需要は100年後にもなくて、世界中がいまパッシブハウスというものを、躯体性能においてはたぶん最終基準として目指しているのではないでしょうか。

 しかし、国によってはそのための建材がない。窓がない、換気装置がない、そういった現状がある。自国の法規と完全に矛盾してしまっているという問題もあります。先日アメリカのパッシブハウス推進団体の方と意見交換をしましたが、アメリカでは法規が求める換気回数が多くて換気のロスが減らないとか、日本と似たような悩みを抱えていました。

 そういった事情があって、まだ100発100中にならないという人はすごく多いのですけれど、建材さえあれば事情はあっという間に変わる。大手メーカーが、新しい、グレードの高い窓を売り出したら、状況は一気に変わります。

 今までパッシブハウスレベルの住宅がやれなかった人の最大の理由は、コストパフォーマンスだと思うのですよね。これではサラリーマンには買えないのじゃないかということで、パッシブハウスには否定的だった人が、数年後には「あ、いけるんじゃない?!」ということになります。パッシブハウスくらいの躯体性能が100年後も最終目標となるかもしれませんが、問題は時間ですよね。普及するまでどれくらいの期間を要するか。いかに早く普及率を高めるかといところがチャレンジなのかなと思います。

 

 プラスアルファとしては、設備ですね。再生可能エネルギーとのマッチングを考えながら設備設計をしていくというのが、これからパッシブハウスにプラスアルファとして求められていくのではないかなと思っています。

 

 

《コンプレックス、足るを知る、持論を持つ》

 私が現在の日本において感じる、根本的な問題がいくつかあります。それは、コンプレックスからの脱却、「足るを知る」ための努力、そして持論をもってそれを表明する責任を負うこと。この辺のワークアウトを、まずはやっていかなければならないと思っています。

 「コンプレックス」というのは、自信のなさの表れですね。そうなると右へ倣えの判断基準に偏ったり、いつまでたっても満たされないまま無駄な消費行動を煽られる。その結果、省エネルギーのほうにお金が回らないという弊害が出ているかもしれません。

 持論を確立しにくいということの弊害は、たとえば国の政策がおかしいのではないかと思っても、持論を表明することを躊躇してしまう。それによって、同じ気持ちでいる人たち同士が共に声を上げることができない。それが個々が孤立していく原因になってしまっている、非常に根が深い問題かなと思っています。

 「足るを知る」というのは、たとえば、省エネ住宅ができました、光熱費が半分になりました。じゃあお財布にやさしいので家のサイズを2倍にしましょうとか、年中裸で過ごしましょうとか、このように次々と出てくる欲みたいなもの。そういったところで、せっかくの高効率への歩みがリバウンドしてしまうという弊害もあると思います。

 コンプレックスからの脱却においていちばん大事な第一ステップとしては、自分たちが恵まれていることにまず気が付かなければならないのではないかと思います。

 

《世界がもし100人の村だったら》

 「世界がもし100人の村だったら」という本があります。世界を100人の村になぞらえて、そのうちの何人が学校に行けて…などという例を挙げています。それに当てはめると、この会場に仮に200人いらっしゃるとすると、この中の2人が大学の教育を受ける、この中の4人がパソコンを持っている、それが世界の平均なわけですよね。

 ところが、おそらくここにいらっしゃる90%以上の方がノートパソコンをもってお仕事をしたり、高等教育も受けていらっしゃるだろうと思います。「100人の村」に照らし合わせてみれば、非常に恵まれている自分たち、そういう暮らしを送っていると思うのですが、自分が幸せかどうかという判断基準は、常に周りの人との相対的な比較で決まります。いまの日本では、たとえ東京大学に行っても自殺率が高かったりします。自分になかなか自信が持てない、自分は恵まれている、幸せだという実感が持てないという社会であるような気がします。

 2008年にアフリカのモーリタニアという砂漠しかないようなところに、日本のODAが小学校を作りました。そこの現場監督をやっている友達に会いに行ったのですけれど、何もないところなのにみんな目が輝いていて、とにかく学校に通えるというだけでものすごくうれしそう。その笑顔がとても印象的でした。日本ではなかなか見ることのできない子どもたちの笑顔でしたね。

 

《コンプレックスを煽られ、無駄な消費に》

 幸せを周囲との比較で決めているという話を、もう少し続けます。私たちは幸せだよね、満足だよねと思おうとしても、なかなかそうさせてくれない。私は東京の近郊に住んでいますが、電車の中吊り広告などを見ても「いや、君はまだそれでは足りない」といわんばかりの広告だらけで、コンプレックスを植え付けられながら毎日暮らしているようなものです。

 コンプレックスを過剰に煽ることによって消費行動を煽り、経済を回していく。そういうやり方はどこの国にもありますが、日本はそれが非常に強いなと思います。

 ですから、本来だったらいつか建てる自分の新居のためにコツコツ貯金をできたはずの人が、こういった広告を見続けるうちに、私これじゃダメなのかしらというコンプレックスにとらわれる。すると、莫大なお金がエステサロンだとか、ライザップでもいいんですけれど、まあアデランスでもいいんですけれど、そんなところにどんどん注ぎ込まれる。

 その結果、本来ならきちんとした収入のある人で、家づくりに興味をもって、環境にやさしい家をつくろうと思っても、いざという時もうお金が足りない。お金がないからいい家が建てられないのではなくて、本来あったものが無駄なところに消費されすぎているというのも、一つの原因としてはあるのかなと感じています。

 

《ファクター5》

 私が感銘を受けた「ファクター5」という本がありまして、日本語版も出ています。この中で、エルンスト・ウルリッヒ・フォン・ヴァイツゼッカーという博士が、いまのままでは地球が5個ないと世界中の人がまっとうな水準の暮らしを維持できないという論を展開し、地球は1つしかないので、エネルギー効率を5倍にしましょうという提案をしているんですね。

 5倍にする具体的な例として、この部門ではこういったアプローチ、この部門ではこういったアプローチというのが書いてあります。建築部門に関しては、パッシブハウスというすぐ手が届く技術があるよね、ということを書いているんですけれど、私がいちばん印象的だったのは、本の最後に「足るを知る」という、インドのマハトマ・ガンジーが残した言葉を博士が引用していることでした。

 私たちはエネルギー効率を上げる技術を持っている。しかし、リバウンドというか、私たちの欲が止まらないとそれは達成できないということが書かれていたことが非常に印象的でした。

 

《国連環境計画(UNEP)》

 2017年からご縁がありまして、国連環境計画(UNEP)の日本法人理事の末席に加えていただいています。国連が2015年に定めた、SDGS「SUSTAINABLE  DEVELOPMENT GOALS 世界を変えるための17の目標」というものがあります。

 一応理事なので、最近の講演会では必ずこれをお話しするようにしています。17個の項目を見ていくと、「SUSTAINABLE(サステナブル)=持続可能」と考えたとき、どうしても資源とかエネルギーをイメージしがちだと思いますが、ちょっと違うんですね。

 この図を見ていただくと、1番が貧困をなくす、2番が飢餓ゼロ、3番がすべての人に健康と福祉を、とあります。人権とか平等性などについて言及した、平等な社会といったものが語られています。12番くらいから、作る責任・使う責任というリサイクルの話、13番が気候変動の話、14番は海を守ろう、15番は緑を守ろう、とこんなふうに続くわけですね。

 私は環境問題も、人権問題も、紛争問題も、限りなく同一な問題だと思っています。ですから、100年後も声を荒げて省エネ住宅がどうのこうのとやっていたとしたら、たぶん世界はエネルギー戦争に巻き込まれていて、まっとうな状況にはなっていないんじゃないでしょうか。そうならないためにも、いま取り組んでいるエネルギー的自活、化石燃料からの脱却といった問題は、平和運動だと解釈していただきたいなと切に思います。

 

《近江商人、三方良し》

 とはいっても商売は商売、利益を上げてなんぼだという感覚の方も多いでしょう。近江商人の「三方良し」という言葉を聞いたことがあるかと思います。売り手と買い手、そして国にもよしという「三方良し」を商売の極意として、自分だけが利益を上げるのではなくて、相手方、地域にもいいというのを実践していました。これをいまの時代に置き換えてみれば、地球にもよしということで、これがこれからのビジネスのあり方の絶対条件になるのかなと思っています。

 いま、SDGSが世界の建前になっています。ですから皆さん、ビジネスシーンでは建前の話をして、本音は今までどおり荒稼ぎしたいというのはあるかもしれませんが、それはあまり堂々と言わないでほしいです(笑)。もう少し謙虚になってほしいんですね。

 東北の方はどうかわらないんですが、関西方面に行くとかなりカチンとくることがあるんですね。「そうは言ってもカネや」みたいなことを言われると、ちょっと黙れというふうになりますね(笑)。でも、世界のビジネスマナーとしてはこういう風潮になっていくと思います。

 

《エゴとエコ》

 お施主さんが予算に対して要望が多すぎるため、エコに予算が回らなくて、パッシブハウスにならないケースが3分の2もあるというふうに言いましたけれど、エゴとエコ、これは常にせめぎ合う関係だと思うんですよね。

 イラストで表してみましたが、住宅設計においてエコとエゴはどのように分類されるかというと、これは私の持論ですが、耐震性とか機能性とか耐久性とか家計にやさしいとか、これは全部エゴなんですよ。もちろん耐久性が高いものはライフサイクルが長くなって、結果的には省エネになります。家計にやさしいのが省エネルギーだという可能性もあります。でも、この発想は、自分と自分がよく知っている人たちの命を守るという話だと思うんですね。

 一方では、省エネルギーの家を建てたいとか、地産地消の材料を使いたいとか、石油に由来するものは使わないとか、ごみを減らしたいとか、これは主旨が違うんですよ。自分が一生出会うことがない、困っている人たちの命の話をしているという意味で、やっぱりこれは別物だと思うんですよね。申し訳ないんですけれど、耐震性能と省エネルギーを、同じレベルで私は考えたくない。理由はこれですね。どっちが重要という話じゃないです。なんというか、動機が違うんですよ。

 

《省エネ運動は平和運動》

 「省エネ運動は平和運動」とタイトルを付けたスライドについて説明します。われわれは省CO2とか省エネとか低炭素とかに取り組んでいますけれど、大きな視点で見ると、紛争をなくしていこうという平和運動の中で必然的に見えてくる、持続可能な社会づくりという目標があります。

 この中に省エネルギーが含まれ、さらにいちばん真中に省CO2があります。この入れ子状態の中で、省CO2ではあるけれど持続可能ではないというものもありますよね。CO2出しませんと言いながら、持続可能な社会とは根本的に矛盾するシステムだったりするわけですよね。ですから私は、サステナブルでないなら、いくら省CO2でも絶対に採用することはできないというふうに思っています。

 

《エネルギー依存からの脱却》

 原発に関しては、3.11の前から私は批判的な立場をとってきました。私の1冊目の本に坂本雄三先生が帯推薦を書いてくれたのですが、彼のコメントとして、「森さんよく勉強したね。ただ一点だけ、原発と原子力爆弾は違うから」ということで、そこだけ直させられたということがありました。

 私は高校生くらいの時に原発の問題に気が付いて、それからずっと批判的な考えを持ってきました。実は、3.11の前に東北電力さんの講演会に呼ばれていて、米沢市だったと思うんですけれど、私の1冊目の本も読まれていたと思うので、「私は原発に反対なんです」と事前にお話ししました。すると、「それはわかっています。それも含めて受け止めますので」と当時の担当者がおっしゃったんですね。それ以来、全国の電力会社の中でも東北電力には一目置いています。

 その後に原発事故が起きて、私も非常にショックを受けました。京都議定書とか、世界の流れに沿って省CO2に取り組んでいく以前の問題として、非常に大きな問題を抱えているんだなと痛感させられました。

 3.11以降、非常に多くのクライアントが「もう電気を買いたくないんですけれど」と相談にみえるんですね。「森さんはパッシブハウスなんでしょ。もう電気いらないんじゃないの」「なんとかならないの」「電力会社の契約切りたいんだけど」といった相談がばんばんくるわけですよ。

 ですが私は、「それは、省エネとは関係ありません」と言ったんです。「省エネの達成のためにオフグリッドというか、そこまでやる必要はないんです」と最初はお答えしていたんですけれど、これははっきり言って非買運動なんです。ボイコットに近い話。

 そんなことより、私たちは電気がなくては生きていけないという暗示にかかっている限りいろんなところで不利になっていくということに気がついて、自分たちも別の方法を考えていかなければならないなと思いました。一方で、原発事故が起きてみて初めて、「危なかったのね、知らなかったわ」という人がいたり、うちの母なんかも「原発って安全だったんじゃないの」と…。そんな平和ボケの人たちもたくさんいるんですね。

 情報というのはテレビの前にぼーっと座っていても得られないということを、常々学生には言っているんですけれど、本当の情報は自分で取りにいかなければならない。私は原発の問題には高校生の時に気がつきましたが、情報は別に隠されていたわけではない。アクセスできるところにある。それを取りに行くのかどうかというのが、私たち一人ひとりに問われているのかなと思いました。

 

《オフグリッド》

 お施主さんたちが私のところにたくさん来て、「オフグリッドにしたい」と言うものですから、私もいろいろ考え始めました。

 日本のエネルギー輸入依存率は94%で、海外からの輸入エネルギーに依存してきました。その中で原子力発電という夢のような技術が出てきたという経緯があるんですけれど、やはりこれには持続可能性がないということがはっきりしたわけです。そこでパッシブハウスならではのアプローチができるんじゃないかということを考えて、私がいちばん嫌いな蓄電池というものも取り入れて、何とか最小限の設備投資でいけないかというのを真剣に考え始めました。

 私がオフグリッドを試みているらしいといううわさがちらほら広まっていくと、「何やっているの? 無人島じゃあるまいし、インフラはすぐそこまで来ているのに、なぜ孤立姿勢みたいなことを?」などと言われたこともありました。

 「スパゲッティ症候群」という言葉がありますよね。病気で入院中、体から管がいっぱい出ていて、一人では生きていけないような状況を言うんですが、現代はいわば「住宅版スパゲッティ症候群」だと、私は思っています。ガス、水道、電気などのインフラが断ち切られたら、もうどうしようもないわけですよ。

 このように限りなくエネルギーに依存している状況の中で、エネルギー的自立、一人でもある程度やっていける強さみたいなものを獲得することが必要ではないかと思います。

 依存症から脱却して自立することの意味は何かというと、一人だけ生き残ろうとかそういう発想ではありません。依存していないということは、何かの時に隣の人に手を貸すことができたり、助け合いの中で助ける側に転じることができるということ。地域全体でエネルギー戦略を組み立てていくとき、小さな町内会のような単位で強力なエネルギーネットワークを作れば、広域のエネルギー的自立に貢献できるんじゃないかと考えました。

 

《季節で見る再生可能エネルギー》

 このグラフの緑色のサインカーブは太陽エネルギー。冬と夏の、たとえば屋根の上で得られる再生可能エネルギーを比較しています。従来の住宅だとやはり冬の暖房エネルギーが、敷地で得られる再生可能エネルギーを上まってしまう。そこはやはり発電所のお荷物になってしまうんだけれども、パッシブハウスに限りなく近づいていくと、冬の需要と供給の逆転が解消されて、冬でもかなり自立できる。季節で見るとなんとかなるんじゃないかと思います。

 冬でも発電所のお荷物にならないという点が、地域のエネルギー政策を考えていくときとても重要になるので、これがやはり高性能住宅の大きな強みになってくるわけです。ここの逆転を回避した状態で、どういった設備設計をやっていけばいいのだろうかということでオフグリッドの仕様を考えたんですね。

 再生可能エネルギーというのは、お天気任せ風任せの、気まぐれなエネルギー源だと思います。それに対して私たちの方も、電気を使ったり使わなかったり、暖房したり冷房したりというサインカーブがあって、その2つのバラバラの波をどうやってマッチングさせていくかというのがこれからの課題になっていくのではないかと思います。

 ヨーロッパでは、再生可能エネルギーで足りるか足りないかという議論はほとんど終わっていて、足りる前提で話が進んでいるんですね。問題は、どうやってタイムラグを解消するか。どうやって貯蔵するか、どうやって需要側をマネージメントするかという議論になっています。

 

《秩父のオフグリッドプロジェクト》

 秩父の高橋建築が、日本で3棟目のパッシブハウスをつくりました。そこでオフグリッド化にチャレンジする想定で、まず私は2013年に絵をかいて、「こういうHEMSがほしいんですけれど」と、いろんなところに相談に行きました。

 これはその時の私の絵なんですけれど、真ん中に2つのタンクがあって、左側が蓄電池のタンクで、右側が温水器の貯湯タンク。要するに電力系統と温水系統の2つのストレージがあって、両方ともバッテリーですよね。それを天気予報とか需要などと組み合わせながらやりくりしていく。これを住まい手が常に見ながら生活することで、あ、いま洗濯機を回そうとか、人間HEMSみたいな、人間の学習能力を引き出そうとかそんなことを考えて、こんなのどこかで作ってくれないかなと思いまして…。

 ヨーロッパではこういう製品はすでにあったんですけれど、日本ではちょっと使えなかったんで、こういったものがあれば、かなりのレベルまでできるんじゃないかと思っていました。

 もちろん、私がやろうとしたのはネットゼロではないです。年間平均でゼロエネでしたよという話ではないので、季節ごとに再生可能エネルギーとマッチングさせていかなければならない。時間帯ごとにもマッチングさせて蓄電池の負荷をコントロールしていかなければならない。これでオール電化が破綻するということもわかりますし、バイオマスエネルギーの適量の使用みたいなものがあったら助かるなということも、このオフグリッドプロジェクトを通じて再確認しました。

 

《SUNNY ISLAND》

 ドイツに視察に行かれると、たいていの太陽光パネルの先っちょには、このSMA社のインバーターやらバッテリーコントローラーがついているので、見たことあるという方も多いんじゃないかと思います。SUNNY ISLANDというのは、同社の開発したオフグリッド対応のバッテリーコントローラーなんですけれど、日本では売っていません。SMAジャパンも日本では需要は無いし扱えないというものですから、直接本社に働きかけたところ、日本の脱原発ムーブメントに何とか協力したいと言ってくださって、特別にパッシブハウス・ジャパンにSUNNY ISLAND6.0Hを提供してくださいました。

 日本でもちょっと探せば、インバーターなんてありますよね。トレーラーハウスなんかに載っているようなやつ。でもあれは耐久性が低いんですよね。住宅で使用する場合は常に負荷がかかっている状態なので、何年かすると壊れてしまう。しかも最大出力は2000w前後のものが多く、ドライヤー使いながら電子レンジつけたらアウト、そういう容量ではちょっと住宅向けとしてしんどいなと。

 この6.0Hというのは、コンスタントに4800w、最大瞬間で6000w出せるんです。しかも住宅用の耐久性を備えていたので、やはりこれだと思って取り付けました。これにアメリカのディープサイクルの鉛電池をつけて組みました。代理店もないものですから、英語のマニュアルと格闘して、私がすべてセッティングしました。

 このSUNNY ISLANDが、太陽光、屋根の上にパナソニックが4キロ載っているんですけれど、電力を鉛蓄電池に送るんですけれど、宅内に負荷があった場合はそっちに先に回すということで、バッテリーを通過する量が少ないということですね。

 あと深放電させちゃうと鉛の蓄電池の寿命が落ちるので、それも全部パラメーターでセッティングするんですけれど、最初50%以下にはしたくなくて、50%以下になったら瞬時に商用電源に切り替わるような回路にしてあったんですけれど、50%なんてあっという間にいくので、最終的には30%にしたんですけれど、この家には6人家族がオール電化で住んでいるというちょっと無茶苦茶な状態で、難易度が高すぎたかもしれません。

 高橋建築の高橋さんとも話したんですが、頼むからエコキュートだけはやめてくれと。何とかしてバイオマスのボイラーとか太陽熱温水器と入れ替えてほしいと私からお願いしたのですが、そしたらそれはオフグリッドじゃないと言うんですね。森林資源だって本当は使いたくない、屋根の上でとれるものだけでやりたいということで…。

 

《0.3秒》

 先ほど鎌田先生のおっしゃっていたように、夕方5時くらいに奥さんがIHで調理を始めると、やっぱりオフグリッド・システムが落ちるんですよ。0.3秒後には商用電力が入ってくるんですけれど、料理は生煮えのままで放置され、あれ? ということになりますよね。子どもたちのテレビゲームも0.3秒切れたらおしまいなんですよね。照明だけですよ、すぐに復帰するのは。ということで、なかなか評判が悪くて(笑)。最終的にはこのオーナーさんの暮らし方には難しかったですね。   

 ただ、私にはとても勉強になりました。蓄電池は20kWhを積んだんですけれど、これもばかばかしいくらい大きかったんですね、私にとっては。これを小さくしていきたかったし、そのためには片っ端から家電の負荷をつぶしていく、見直していかなければならなくて、洗濯機をいつ回そうかとか、冬に冷蔵庫を外に出せないかとか、いろんなことを考えたりしたんです。

 でも、たとえば3500万円で家を建てた施主さんとしては、IHが途中で切れて晩ご飯が生煮えだったりというのはどうしても受け入れがたい話で、非常に難しい壁にぶつかりました。やはりマネージメントがもっと進化していかなければいけないということと、バイオマスエネルギー、要は火力発電所ですよね、地元の森林資源を使った火力発電がいかに心強いかというのを感じた次第です。

 

《電力会社との健全な関係》

 ドイツの村上敦さんが言っているんですが、みんなが一斉に薪ストーブをたいたら日本の山は一気にはげ山になるという話があります。いまの一般的な住宅の省エネレベルでは、本当にあっという間にはげ山になると思うんですよね。国民一人当りが給湯や暖房にどれだけ使えるのかというのは大事な問題ですし、たとえば太陽熱温水器をつけない、ペレットの給湯ボイラーでというやり方は、ヨーロッパでももう奨励されていないんですよね。無駄に森林資源を燃やしてしまうということなので、その辺の優先順位とか総量を考えながら使っていかなければいけない。

 秩父での経験いろんなことがわかりましたが、やはりバッテリーというものがますます嫌いになりました。こんなものに依存するオフグリッドというのはないなと。

 電力会社とは依存ではなく、決別でもなく、健全な関係を保っていくのがいちばんお得なのではないかと思います。たとえば20A契約で暮らしていくとか。あと各家庭が2キロから5キロくらいの壁掛けの蓄電池を持っておくだとか、そういう感じでコミュニティ全体で融通していくとか、そういう将来が来たらいいなと思うようになりました。

 

《八ヶ岳の件》

 高橋建築の物件をやっているときに、別のお客さんから「僕もこれやりたい」という要望をいただいて、説明用の絵をかきました。回路はこんな具合になっていまして、太陽光発電、このときはソーラーフロンティアで設計しています。高橋建築はパナソニックで、SUNNY BOYというSMA社製のインバーターがつきまして、SUNNY ISLANDに入ってバッテリーに入る。SUNNY ISLANDは交流200Vで出してくるので、それを一部ダウントランスして100V回路に送る。200V回路というのはIHと夏のエアコン、秩父ではエコキュートですね。万が一こちらのシステムが崩壊すると、瞬時にこのAに切り替わるようにしたんですけれど、音もなく切り替わると住民が混乱してしまうので、何らかのお知らせが必要になってきますね。

 こういったシステム+できればバイオマス系のちょっとしたボイラーを使う、そんな感じの方向で提案しましたが、高橋建築の経験を踏まえて、これはやはり時期尚早ということで、お施主さんには断念して頂きました。

 

《Power to Gas》

 電力を買いたくない、クリーンじゃない電力はもう使いたくないという意見があちこちで出始めましたが、もし将来的にヨーロッパのように商用電力がクリーンになった場合は、また全然違った考え方になってくると思います。

 その辺は悩ましいんですが、ここで紹介したいのはPower to Gasという考え方で、ドイツの場合は太陽光の普及率は40%を超えていくと、太陽光の電力が余って価格が暴落するわけですよね。そうなると困るので、水を電気分解するのに余剰電力を使って、その水にCO2をぶつけて、酸素とメタンを作るんですね。このメタンを貯蔵するんですよ。パイプラインとかコンビナートのタンクなどに。今度はそれを車に入れたり、コージェネレーションのプラントに送って、それを冬に発電用のエネルギーとして使う。

 余剰電力をメタンガスにする過程でエネルギーとしては目減りしていて、6割くらいは減るんですよ。6割減ったとしても、冬まで持ち越せる。ドイツは水素社会なんて馬鹿げたこと考えてませんから、メタンで既存のインフラが使えてラッキーという発想ですからね。

 既存のインフラを使って、バイオメタンガスをパイプラインに入れるというのがいちばん現実的じゃないですか。それをやると、季節をまたげるわけです。夏に余った電気を、冬の困っている時期、太陽光発電が芳しくない時期、曇ったり雪が降ったりで再生可能エネルギーがいちばん少ない時間帯に、夏に貯めておいたバイオメタンがくるというわけです。蓄電池みたいなコストのかかるものにはほぼ関心がなくて、このPower to Gasで季節をまたごうとしているんですね。

 もしこうしたことを日本の小さな自治体からやり始めたとすると、オフグリッドにこだわる必要がなくなってくるというか、電気をどんどん買っていってもいいのではないかと思います。ただ、いまの状況で、原子力発電が止まるのかどうなのかわからない状況で、私はオール電化は推進できないのではないかと思います。

 

《大間の家》

 秩父でのオフグリッドのトライアル、本当に体を張ったトライアルの後で、大間の家の設計が始まるんですけれど、秩父で感じたことを踏まえて、新たな設備コンセプトを組み込みました。やはり、熱は熱で作ろうと。まあセオリーですけれど。電気をヒートポンプに入れてそれで熱を取ってということを、必ずしもやらなくてもいいんじゃないかということで、適量のバイオマスで、こなれた設備モデルができないかなと考えました。

 2017年の日本エコハウス大賞の際、審査員の堀部さんには大間の家の外観デザインを、甲殻類系と言われたんですけれど、後日、堀部さんのスタッフが訪れてくれて、とても感激してくださり、素晴らしいコンセプトだとボスに報告してくださったので、後日こっそりほめていただきました。

 躯体性能をどこまでやるかという議論はいろいろありますよね。どこまで断熱するのとか。私の答えは、どこまででもやったらいいと思うんですよね。ただ最終目標というのは、無暖房住宅ではないし、パッシブハウス基準クリアも最終目的でもないなと思っていて、そこまでいけば、そこから先に、再生可能エネルギーとのマッチングの可能性がいろいろあるのではないかと思うくらいですね。

 この家では薪調理ストーブをここに入れまして、これで調理、給湯、暖房を賄います。ストーブの燃焼庫の後ろに熱交換回路があるのでそこでお湯を作って貯める。冬の夕方、暖房需要が出てくるころちょうど晩ご飯の支度の時間なので、薪を使って調理すると、料理ができるころにはちょうどお風呂も沸いている、そういう状態になります。夏は、太陽熱温水器でお湯を沸かすというシステムです。

 これで一応年間の収支ではプラスエネルギーなんですけれど、別にそれは目指していた事ではなくて、宅内のエネルギー消費量をモニタリングしています。どれくらいの蓄電池があれば、この家が送電網から切り離されて自走するかというのを見極めてから、オフグリッドをやるかやらないかというのを決めていこうかと思います。

 一見、重装備で設備てんこ盛りみたいに見えるんですけれども、私がなぜこの工務店さんでやったかというと、この工務店さんはみんなが悩み苦しみながらやっている高断熱を、こなれた金額でやっていってしまう社長は大工さんや業者さんの意見を聞きながら、いろいろ考えながらやっていく親方みたいな人なので、この人の手にかかれば最小の、いちばんシンプルな設備が組みあがるんじゃないかと思いました。絵にかくとこんなことになっちゃうんですけれど、私もあとで実行予算を聞きましたけれど、そんなに馬鹿げた金額にはなっていなかったですね。

 

《1次エネルギー》

 国交省がやっているので、皆さん1次エネルギーの概念は一応ご存じかと思うんですけれど、1次エネルギーというのは、電力に対して化石燃料がどれだけ投入されているかという換算で、これまでは国ごとに換算の為の係数が決まっていました。火力発電所のタービンの効率とか、ノルウェーならフィヨルドの地形を利用した波力発電の分が入ってくるので係数が少なかったり、原発を入れれば一気に小さくなるとか、その国のエネルギーミックスの平均でこの値は決まります。

 しかし数年前、パッシブハウス研究所が、いや違うだろうと、言い出したんですね。同じ電力でも使う時間帯によって、その瞬間に得られるであろう再生可能エネルギーの量は違うわけですから、係数は異なって当然だろうという話が始まったんですね。そうなってくると、暖房を電気でやるときがいちばんきついわけですよ。冬の夜間、日が出ていないということで、再生可能エネルギーほぼゼロ。バイオマスのコージェネレーションがあるかもしれないですけれど、係数はいちばん高くなります。給湯、家電、これは年中使うものですから、係数は1.3。それに対して冷房というのは夏の昼間しか使わないじゃないですか。これは太陽光発電が発電している真っ最中なんですよ。

 ということは、夏の冷房の場合は先ほどお話ししたPower to Gasのメタンの貯蔵みたいなロスも一切かかってこないので、ダイレクトに使える。蓄電池も介さない。また、自分の家の屋根で発電しているかどうかなんていうのも関係なくて、どこの屋根でもいいんですよ。どこかの太陽光プラントで発電している電気を使う場合も、季節と時間帯によって係数は変わってきます。

 この係数を各気象データから割り出そうという作業をパッシブハウス研究所はやっていて、同じ東北でも能代と仙台では係数が変わるだろうという考え方なんですよね。気象データと日照時間、日照量、それから風速データがあれば、その土地の再生可能エネルギーのポテンシャルが読めます。でも、今実際に普及している再生可能エネルギー量を元にした係数ではないですよ。でもこれが、今日のテーマでもある50年後とか100年後を見据えて家を建てることを考えたとき、もしかするとこの係数はいちばんあてにするべきものではないかと、私は思ったんですね。

 50年後、もしかして世界がほぼ再生可能エネルギーで回っている時代が来た時に、この係数を睨みながら住宅の設備仕様を決めていくんじゃないかなと思います。これは非常に新しい概念で、日本ではまだ1次エネルギーの概念すら根付いていなくて、本当に周回遅れも甚だしいんですけれど…。

 

《四谷3丁目のパッシブ寺》

 ええと、今日のテーマ「今世紀最終基準」ですね。先日、ファイスト博士が東京に来られたんですが、その際、四谷3丁目にある「パッシブ寺」を訪問されました。東長寺という禅寺で、檀信徒会館をパッシブハウス認定を狙って設計したのですが、実際には年間暖房需要30Kwh/㎡を切ったところなので、パッシブハウス認定は取れなくて、ローエナジービルディングという、パッシブハウスファミリーみたいな認定を取りました。そこで、滝沢住職という若い住職が博士に質問をしたんですね。

 「僕は50年後か30年後に次のプロジェクトを仕掛けたいと思うんですけれど、その時博士はいらっしゃらないですよね。僕たちどうしたらいいんですか? そのときパッシブハウスはどうなっていると思いますか?」みたいな。その時博士がおっしゃったのは、「50年後も30年後もたぶん変わらないんじゃないの。基準は変わってないよ。ただ、もっと簡単になってるよ」と言ったんですね。「もっと楽にいける。建材は進化しているし、いまよりもっと軽装備でいけると思うよ」ということをおっしゃっていて、なおかつ、「50年後にまだパッシブハウスが普及していなかったら、もう世界は終わりだ」みたいなこともおっしゃっていましたね。つまり、エネルギー紛争が勃発しているだろうということで、それが非常に印象的でした。

 

《パッシブハウス・ジャパン10周年》

 私はパッシブハウス・ジャパンを9年やってきて、来年10周年なんですけれど、本当は10周年までやっている場合じゃなかったという気持ちがあります。

 この会を立ち上げたとき、理事就任をお願いした松尾和也さんに、5年後まだパッシブハウスというドイツの名前を引きずっているようじゃ、省エネ運動失敗、というふうに言ったんですね。すでにかれこれ8年目9年目。10年目には、なんとか次のステージに行かなければと思っているのですけれど、本当に時間との戦いだという感じですね。

 

《パッシブハウスオープンデー》

 いま、2020年の省エネ義務化に反対意見が出ているという、本当にガラパゴスというか、しょうもない状況です。これは私たちの健康マップですけれど、マップの縦軸が年間暖房需要ですね。この辺がパッシブハウスですね。マップの横軸が1次エネルギーですね。この辺に私たちが数年前に計算した大手ハウスメーカーのトップランナー級の家が青い点で散らばっているんですね。実は今日から3日間、パッシブハウスのオープンデーというのをやっていまして、緑色の点の物件が今年の参加物件なんですけれど、義務基準はたぶんこの辺に来るんですけれど、パッシブハウスという私たちの憧れとのはざまの中で皆さん格闘して、少しでもいいものをつくろうという運動をやっています。

 

《ドイツのパッシブハウス》

 東京のハウスメーカーの住宅展示場を、南から北に引きずり回すと、こういう弓みたいなプロットになります。沖縄は暖房はありませんが冷房エネルギーが発生するので、一次エネルギーは増えます。こんな感じ。日本列島は長いですからね。北海道はドイツ並み、もしくはそれよりも条件が悪いという状況です。

 では一方のドイツは何をやってきたかというと、たしか1977年から省エネ基準が設けられて、暖房の上限が定められた。むこうはヒートポンプは一般的じゃないので、ふつうの灯油ボイラー。だいたい需要と2次エネルギーが1対1か、1対1.1の関係で換算されています。現在のドイツではもうじきパッシブハウス義務化なのか、それともちょっと手前なのかというところで議論されているという状態ですね。

 

《日本の義務基準》

 これから日本が義務化しようとしている基準というのは、私たちの試算だと、暖房需要に換算すると120くらいいくんですね。㎡あたり。するとこの辺ですよね。ドイツが1995年くらいに義務化した基準を、私たちは適用しようとしている。まあ20年以上遅れている。

 なおかつ、私たちは全然条件がいいわけで。これをさっきのところに当ててみると、ドイツが年間暖房需要30Kwh/㎡くらいを義務化してくるということはどういうことを意味してくるかというと、北海道並みに寒いドイツ全土で、宮崎県に建っているハウスメーカーの住宅展示場の家と同じ暖房エネルギーを消費する家が建つという、訳のわからない状況になるんですね。で、日本は義務化をこの辺にしてくると思います。トップランナーよりさらに下のところですね。

 先日、国交省、環境省、経産省に呼び出されました。私が講演会で、日本はドイツより30年遅れていると言ったのがすごく頭にきたようで、後日呼び出されたんですが、経産省に呼ばれたと思って行ったら、そこに環境省と国交省もいたんですね。なんだ、連携できるじゃないのあなたたち。縦割りじゃないのね、こういうときは(笑)という中でこの資料を使って説明したら、ふんふんと聞いてましたけれど、どうなんでしょうね。わかっていただけたのか…。

 

《ペイバックタイム》

 周回遅れの義務基準がここにくると、安藤忠雄の無断熱コンクリートとか、吉田兼好の家とかは全部アウトになるということです。下の方でバサっと切れるということは、非常によろしいことかなと思いますが。それでもやっぱり寒いですね。

 で、それをパッシブハウスでもやるのかやらないのかという話を、私と松尾さんでずっと議論してきたんですが。松尾和也さんはパッシブハウス・ジャパンの理事なんですけれど、これまでどちらかというと、アンチ・パッシブハウスだったんですね。そこまでやる理由がわからん、という感じだったんですが、最近になって少し考え方が変わってきまして、いろんな断熱性能をやった時の、彼なりのコストアップの試算がありました。

 もしエネルギー単価が変わらなかったとして、パッシブハウス少し手前の、暖房需要20、オレンジ色のこのラインなんですけれど、これのペイバックタイムが41年なんですね。41年たたないと元が取れないということになるらしいんですね。

 しかし、国が出している情報からすると、エネルギー単価は3%上昇していくということが読み取れたそうです。ここから逆算して3%という数字を出したらしいんですけれど、そうなってきた場合は全く状況が変わりまして、27年で暖房負荷20キロのペイバックができるということなので、パッシブハウスもありうるんじゃないかと。

 松尾さんが今年この資料を作った理由は、彼自身が手がける3件のパッシブハウスが来年竣工するわけですよ。そうすると、なんとかその意義を説明しないといけないですから。そんなことで一生懸命計算してくれました。

 松尾さんはいつも、私が設計する家はサラリーマンには手が届かないと言っていますが、私の考え方は、これからもサラリーマンが新築戸建てを建てる時代が続きますか? ということです。人口減少、空き家問題も大きくなる中で、選ばれしものだけが新築戸建てを建てればいいのではないでしょうか。猫も杓子も新築戸建てではないということを、はっきり言って私は考えています。

 

《都市の建物密度》

 埼玉県の川口で2階建て住宅を設計したんですけれど、竣工してから、カメラマンと一緒に写真を撮ろうと向かいのマンションに上がったところ、思わず絶句してしまいました。なんでこんなところに木造2階建て住宅を建ててるんだろう。なんでこんなところで防火の基準と闘ってるんだろうと思いました。この都市の密度は、もう木造2階建てを建てられるような密度ではないと思うんですが、どんどん建て替えられ続けていく。さらには相続で分割されて、どんどん小さな家になっていく。この問題はとにかく考えていかなければならないと思います。

 前先生が去年のエコハウス大賞で、だだっ広いところに建つ一軒家のエコハウスなんて簡単だけど、こういう狭小住宅でどういう解が示せるかが問われていると言っていました。そもそも防火基準が絡む住宅は全部の2割しかないと言われていて、そのほとんどが東京とか都市部だと思うんですが、隣の家との離隔距離2mという住宅でエコハウスのプロトタイプをつくるというのは、はっきり言って本末転倒のような気がしています。

 この家も、防火サッシのおかげでなかなか断熱性能が上がらないなど、いろいろありました。それでも低層住宅にこだわってやっていくと、都市がどんどん肥大化していって、緑地がなくなり、通勤時間が長くなるなど、いろんな問題が出てきます。

 

《富山のパッシブタウンプロジェクト》

 コンパクトな街、中低層の集合住宅のオプションを真剣に考えていかなければならない。そういったところに住むことがかっこいいよねとか、ステータスだよねと思われるような価値観を何とか促したいと思いながら、富山のYKKのパッシブタウンのプロジェクト(パッシブタウン第三期)をやっておりました。

 公団みたいな壁構造の3階建て、4階建ての、築30年くらいの建物を改修してパッシブハウスにするんですけれど、集合住宅なので当然効率はいいですよね。なのでミニマムの断熱スペックを入ればパッシブハウスになっていくわけです。

 ボリュームの大きいほうはパッシブハウスのエナフィット(EnerPHit)認定を取りまして、右側の小さいほうはアメリカのリードホームズ(Leed for Homes)という認定を日本で初めて取りました。

 断熱改修をして、既存のバルコニーを切り落として、必要なベースプレートとかアンカーを仕込んだのち、窓を取り換えて、外断熱にして、新たに鉄骨もバルコニーの下から立ち上げる。さらに熱交換換気装置を入れたりということで、既存のエネルギー消費量から76%カットという具合に様変わりしました。

 これが改修前、改修後ですね。既存の内側の25㎜EPS断熱をそのまま使って、外側にさらにロックウールとかEPSの断熱を張って、YKKの窓を木枠で1回受けてから断熱ラインにつなぐという、こういったディテールでやりました。

 ドイツの例ですが、断熱改修してバルコニーを落とすと、(写真のように)とってつけたようなバルコニーがあって、これはちょっとカッコ悪いなというふうに思っていたんですね。そこで「カッコいい取ってつけたような」バルコニーを付けたいということで、構造設計の佐藤淳さん、隈研吾さんと一緒に表参道のパイナップルケーキ専門店「サニーヒルズ」を手掛けた佐藤さんに協力してもらって、バルコニーをデザインしました。

 今回の施主からの難しい注文としては、施主がエレベーターを入れたいと。それから65㎡のファミリータイプの住戸を全部40㎡の単身用に切り替えてほしいという、壁構なのに無茶苦茶な要望が出たんです。ということもあって、急遽メゾネットタイプをつくったり、エレベーターのシャフトのための床を抜いたりということをやっています。

 築30年の家の躯体に、これだけ大きな切開手術をするって普通はあり得ないんですけれど、なぜこれが可能だったかというと、バルコニーを温熱の理由で全部落としたことで、建物の自重が軽くなったので成立したんですね。

 後日、お施主さんがコストをだいぶ落としたかったらしく、森さん、バルコニーの切断やめようと言い出したんですね。

 バルコニーを切断せず、室内に取り込んでしまっても、カッコよくできるよねと言うんですけれど、私はかたくなにそれを拒否しながら、構造設計の人に「もしかしたらバルコニーの切断なくなるかも」という話をしたんですね。「既存のバルコニーをそのまま使うことになるかも」と言ったら、構造設計者曰く「それは困るよ、全部成立しなくなるよ。切断しないとエレベーターも通らないし、メゾネットもできないよ」とのこと。「ああそういうことね」と施主も納得して、無事バルコニーの付け替えを認めてもらいました。

 施工後はUR都市機構の方がバンバン見に来ましたが、エレベーターはどうやって入れたんだろうとそこしか興味がないようで、省エネも含めそれ以外のところは全然見ていなかったですね。

 

《コミュニティキッチン》

 パッシブタウン第三期では、コミュニティセンターというか、みんなが集まるところにキッチンを作りまして、ここに大間の家でやったようなミニオフグリッドの設備を入れました。ちょっとした防災拠点みたいな場所で、そこに気軽に集まってもらって、エネルギーを身近に感じてもらう場所にしたいなと思いました。

 ここにはペレット調理器に加え、チリウムイオン蓄電池を入れました。日産リーフのリサイクルバッテリーが住宅用として出てくるので、その会社から12kWhの容量のタイプのやつを入れてもらいましたが、これは普段は商用で売電もできるし、系統につながっています。停電時は自立運転に切り替わって、出力は落ちますけれど、中の機能は使えるという半オフグリッドとなっています。

 これが去年、全世界のLeed for Homesの集合住宅プロジェクトの中で、1等賞になりました。続けて12月1日はJIAの環境建築賞の公開審査なので、皆さんよかったら聞きにいらしてください。

 

《考えるタイムスパン》

 ちょっと話が長くなりましたが、省エネ建築診断士セミナーもこれで第29回かな。今年は熊本ということでちょっと遠いんですけれど、私と松尾さんで省エネの話、快適性の話、パッシブハウスをやるやらないにかかわらず、ベーシックな話を2日間でレクチャーしておりまして、これまでに3000人以上の方が受講してくださっています。PHPPも進化して、来年の3月にはバージョン9.6が日本語で出せるかなと思います。どんどん夏の計算ロジックが強化されたり、いろんなことが起きています。

 100年後ということですが、ヨーロッパは少なくとも50年後は見据えてこれまで政策を打ち出してきましたので、50年というのはヨーロッパ人が普通に考えてきたタイムスパンですね。まずは私たちもそれをきちんとやっていきたいですし、100年後は何の懸念もない社会になっていることを目指して、50年後までには何とか手を打ちたいなと思ってます。

 今日はこれで終わらせていただきます。ありがとうございました。

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